Diary

今の自分だから

「あなたの周りに集まる人は、今のあなたが好きだから、今そばにいるんだよ。」

つい先日、とある友人に言われた言葉だ。相手の期待を上回るような写真や文章をつくらなければいけないと思って発した私の言葉に対してのことだった。私は、とことん自分に自信がない。今のままの私の何が良いのかがわからない。20代の頃は活気に溢れ、負けず嫌いな性格から目標設定は高く、狭き門と言われた壁を乗り越え、不器用ながらもその目標を達成しては次の目標を掲げ、また達成し、いつだって笑って生きていた。一人でも生きていける。そんなふうに思っていた。自信に溢れていたのだと思う。

30代のある時、歯車が噛み合わなくなり、みるみるうちに自分というものが崩れていった。散らばった部品は自分で集めることすらできなくて、身近な人たちが、拾い寄せてくれた。今はなんとか一から羽車を組み直したものの、おかしなもので、あの時とは全く違ったものができてしまったようで、まるで自信がない。

だから、いつだって、私は「できないからやらない」もしくは「求められたこと以上のことをしなければならない」のどちらかになっていた。「できないからやらない」を選ぶ時、私は大人気なくも悔しくて苦しくて何度も泣いた。「求められたこと以上のことをする」ことは、良いことであると思うけれど、過度なプレッシャーとの戦いにどうしても勝てない事象があることや、作家活動においてのそれは、相手が欲しかったもので無くなることもあることに気づいた。

友人からのその言葉は、「自信を持ちなよ」というありがちな言葉とは、大きく異なるものだった。今の私でないと撮れないもの・書けないもの。そこに価値があるという友人の言葉にあまりにも説得力があるのは、友人が培った経験値というものなのかもしれない。自信のない私だって、今の私のままだって、経験というものは積み重ねることができるのだ。友人に会ったその日の晩は、全くというほど眠りにつけないほど心がざわついていた。少し、わくわくもしていた。頭の中がフル稼働して、星がいつもより輝いて見えた。

翌日、私は仕組まれていたかのようにちゃんと熱を出してまる二日寝込んだ。