Diary

七五三〜お子様の健やかな未来を願って〜

赤ちゃんの状態を脱する事ができて子供になること、それは喜びに満ちた出来事です。
成長のひとつひとつの節目を迎えられた事に感謝してお祝いをする、今では当たり前になった七五三というお祝いですが、昔の人々は七五三に対し、どんなことを想い節目を迎えてきたのでしょうか。

地元川越では古い歴史をもち由緒ある神社として知られる川越八幡宮の神職である権禰宜として奉職されている岸野様にお話をお伺いいたしました。

151画:なぜ成長に感謝をする事が風土になったのでしょう
岸野様:昔は今と違って、病気にかかるとなかなか治らなくて、赤ちゃんの時に亡くなってしまう事がとにかく多かったんです。それこそ数えでもって三歳は現在の満年齢ですと二歳くらいを迎えることがまずとても大変な事でした。
生まれてすぐに亡くなってしまう事が本当に多いのでまず無事に産まれてきてから赤ちゃんの状態を脱する事ができ子供になる頃が大きな節目になるのです。
赤ちゃんの頃はまだ“人として”というよりは“神様の元”という感覚だったのでしょうね。神様に守られてなんとか赤ちゃんの状態から脱する事ができた時、それは喜びに満ちたと思います。
寝んねだったのが立って歩けるようになって、そういった段階を迎える事が起きな喜びでひとつひとつの節目をお祝いする事から始まったのだと考えています。

151画:七五三の儀式の起源はどのようなものですか?
岸野様:女の子は三歳で髪置き(かみおき)七歳で帯解き(おびとき)、男の子は5歳で袴着(はかまぎ)という儀式をしていました。
昔、子供の頃髪は短くっ刈っておくのが習わしでした。女の子は三歳になると肩のあたりで切りそろえた、いわゆる童子の髪型にします。これが髪置きです。七歳では帯解きと言ってそれまで紐で結んでいた着物をきちんと帯で締めるようになります。これは正装になるという考えですね。
男の子の場合、五歳くらいから武家に生まれた自覚を持つという意味で正装としての袴を身につけるようになります。もともとは江戸時代の頃武家の間で行われた行事でした。七五三を祝うのが11月15 日になったのもなったのもその頃の武家の子息が袴を着て行ったのがその頃だったからでしょう。

産まれた子供たちが三歳を迎える事も難しい時代もあった、かつての日本。子供が成長してきた事に感謝して健やかな未来を家族で願う時間を大切にしていく事が目の前の子供たちだけれではなく、これからの子供たちのことも想う事に繋がっていくのもしれないですね。