Diary

第二話:味わいエンターテインメント【田中のにんまり日常茶飯事】

高校卒業後、カフェのアルバイトをしていました。人生初の“お仕事”です。みるみる、コーヒーの世界にのめり込みました。その奥深さたるや。魅せられて、とりつかれました。栽培地の気候や土壌、焙煎具合、豆の挽き具合、抽出方法、温度…あらゆる要素によって、これほど違いが生まれるなんて。それぞれにあわせた食べ物のチョイスで、美味しさが倍増するなんて。

コーヒーの違いを人に伝えるには、やはり語彙が必要になってきます。

腐葉土のよう、濡れた犬のよう…そんな、ソムリエによるワインの描写にも似通ったところがありますが、なかなか独特です。

例えば…

・ベルベットのような舌ざわり
・タバコのようにスモーキーな風味
・煎ったナッツのように香ばしいなかなか、美味しそう?
では、こんなのはどうでしょう?

・ジビエのような香り
・荒々しい大地を思わせる、土臭くワイルドな風味
・真っ黒焦げの燃えかすのような香りはじめのうちは「え?ほんとにコーヒーの話?」と耳を疑ったものです。

これが何度もテイスティングを重ね、言葉にし、人と共有していくうちに、だんだんと引き出しが増えていき、的確な表現が見つけられるようになるのだから、面白いものです。もしかしたら固定観念に左右される大人たちよりも、無垢な子供のほうが、ピンとくるワードを閃くかもしれませんね。違いを理解し表現していくのに有効なのが、フードペアリングです。まず、香り。ベリー系…?トースト…?シトラス系…?まぶたを閉じて集中してみると、はらりと言葉が舞い降りたり。

次に、味。はじめの印象は?どう広がっていく?余韻は?舌の隅々に転がして、舌のどこでどう感じるか、探ります。初めは甘味を感じたけれど明るい香ばしさが広がって、後味はスッキリしているから晴れた朝の一杯にいいな、とか。

表現しようと意識するだけで必然的に、味わい方も深くなるものです。そして最後のプロセス。フードを口に含みながら、コーヒーを味わう。朝寝坊で慌ててかじったパンを牛乳で流し込むのとはわけが違います、普段の食事ではお行儀よく、ちゃんと飲み込んでからにしてくださいね(笑)。近い風味・食感のもの同士をあわせると、相乗効果でより豊かな味わいになるのです。

例えばこんな具合に。

・深煎りのスモーキーなコーヒーと、いぶりがっこ。
・スパイシーなコーヒーと、黒コショウのおせんべい。
・どっしりとコクのあるほの甘いコーヒーと、きんつば。初めてこのプロセスをふんだ日の感動は忘れられません。お漬物やおせんべいに合うコーヒーは?と選んだことのある人は少ないはず。相性のマッチしたそれぞれがあまりに美味しく、味わうことをエンターテインメントに感じた体験でした。
意外にハマる組み合わせを見つけられると嬉しいし、広がっていく世界にわくわくしてしまいます。ここまで読むと、さぞかし手間をかけて毎日コーヒーを嗜んでいるのでは?と想像できますが、実は、毎度のコーヒーにこだわっているわけではありません。むしろ、インスタントコーヒーをグビグビ飲んだりもします。ただ、味わうときは、味わいます。それを、楽しんでいます。

もちろんコーヒーだけの話ではなくって、いつものお茶も、白いお米も、何だって。はずむ会話もテレビも(田中家はテレビOKです)大いに結構。でもたまには味わうことにとことん集中して、楽しんでみませんか。今となっては、緊張の採用面接で「コーヒー、普段飲みますか?どう?好き?」という店長からの質問に意気揚々「大好きです!よく飲みます!」と答えた私が少し恥ずかしくも思えます。

今はあのときより、自信をもって「大好き」と言えそうです。

【写真・文章】田中 弘美

田中 弘美

151画とは面白いつながりがありこの度特集を持つことに。生まれも育ちも東京都ですが都会の喧騒はあまり得意ではなく、緑の中での深呼吸やのどかな街の散歩、飼い猫をのんびり撫でるひとときが癒しです。