Diary

【特別企画】1年半にわたり、ひとつの家族の日常を撮り続けて

私たちは2019年に「20年後本当の意味で大切にしたいと思える家族写真とは何か」を見つめ直していく事を目的とし、一年間にわたり日常を撮り続けることができるご家族を募集し、撮影を行いました。

コロナ禍という状況を踏まえ、1年半以上の撮影期間となりましたが、一組のご家族に1年間密着して撮影をさせていただくことができ、そのことは、私たちにとって本当に大きなチャレンジになりました。単純に思い出を残すという事だけではなく、ご家族と一緒に家族写真について考えながら、本当に価値のある家族写真とは何かを追求することができたと感じています。そして、そこで得た私たちとしての知見を多くの方に発信していくという最終のミッションをこの記事にて達成できればと考えています。

 

 



ご応募に関して

 

2019年7月にInstagramにて撮影をさせていただけるご家族を募集したところ、たくさんのご応募をいただきました。皆様からのメッセージや、家族や日常に対する想いなどを聞くことができ、それだけでも今回この企画の実施を決めたことが嬉しくなるような思いでした。ご応募いただいた皆様、本当にありがとうございました。

 

撮影を通して感じられたさまざまなこと

 

出張写真撮影では日頃から、私たち写真家の必要性、そして被写体との距離感というものがより良い思い出や体験を残す上でとても重要だと考えています。私たちの存在があることでその人らしさが見えてくることもありますし、コミュニケーションを取ることで私たち自身がその人のことを知り、残すべき瞬間や体験を判断することもできるようになります。

反対に、できる限り黒子となり、存在を消す。家族間のコミュニケーションや関係性を残すためには、そんな時間も当たり前のように大切です。時間をかけて撮影し残した写真は、そのメリハリがストーリーとして必ず活きてきます。

もちろん今回の撮影でもそのことについて特に意識していました。長期にわたり継続的に撮影するということは、関係性の変化が必ず写真に影響してくると考えていたからです。

お会いする回数を重ねるたびにご家族一人ひとりのことがよく分かるようになりますし、データ見返した際に写真家同士の会話のなかで「この写真、この人らしいね。」という会話が増えてくることはこの企画の良い点の一つでした。また、なんでもない日常の撮影日と、クリスマスやお正月といったイベントの撮影日を合わせて行なっていくことでご家族のさまざまなシーンを見つめることができたのは、改めて今、この一瞬が一期一会なのだと感じると同時に、 それすら人生という視点では当たり前の一つ一つの日常のように感じられます。日にちが経つにつれ、撮影時にこの日は“こうしないと”と意識することが自然と消えていきました。私たち自身が今という時間への意識を再認識させてもらえたように感じています。

 

 

実際のご家族からのお声

 

(下記はご家族からのメッセージ原文となります)−−−−
撮影された写真は、最後に全てまとめていただいたのですが、率直に、懐かしい〜!!という感じでした。まず1年半という大人からしたらあっという間の期間でしたが、子どもたちの成長度合いに驚きました。1年でも懐かしいと感じてしまうほど子どもたちは成長してしまっていました。嬉しくもあり寂しくもあり、その瞬間を写真を通して振り返ることが出来るのはすごく幸せだと感じました。一枚一枚からその瞬間の様子が鮮明に浮かび胸が熱くなりました。

毎日を忙しく過ごしながら忘れてしまうような些細な瞬間が目で見ある形で残っていることがこんなにも嬉しいのか、と写真の可能性を感じました。 そして、長期間ご一緒し、撮られている、という意識がいい意味で無くなったと思います。またカメラマンさんがカメラを向けた方向にあるものを見ることにより私たち家族にとっては当たり前の光景を特別なものとして捉えてくれているのかもしれない、もしかしたらこの瞬間はすごく意味があるのかもしれない、と考えるようになりました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

最後に

 

1年半毎月のように、気持ちや感情、またご家族と写真家との関係性の変化を観察しながら撮影ができたことで、20年後に大切にしたいと思える家族写真とは何かをみつめ直すことができました。

綺麗な写真は誰でも撮れる時代だからこそ、撮影者としてだけではなく、一対一の人としてその人のことを知り、向き合うことが改めて大切なことだと感じます。それは決して良い部分・きれいな部分・整っている部分だけではなく、ある種の弱さやネガティブな面といった部分まで必要に応じてお互いに共有ができることは、残すべき写真の意義や内容が全く異なると感じました。

撮影者として感じたことは、撮影に伺っているのにもかかわらず、これを記録しないと!といった気負いがいい意味で抜けていき、もっと自然に、もっとシンプルにカメラを向けたり、向けなかったり、ただ話したり、少しぼーとしてみたりといった仕草が生まれ、それはその家族や一人ひとりの中にある「心地の良い空気感やその人らしさ」といったものを受け取れるようになっていったと感じます。

こうしたことを通して考えると、やはり、撮影者がどういうスタンスでどういう目的で撮影を行っているか。という部分は出張写真撮影においてとても重要なのだと感じます。撮影者のエゴとして表現ももちろん大切ではありますが、ただ写真を撮ってお渡しするという意識では見落としてしまうことが多々あり得ます。また、出張撮影とは商業的な営みではなりますが、それを超えた関係性をいかに自然に柔軟的に築けるかということもとても大切なことでありました。

今回の企画を通し、改めて151画の写真家としてどのような写真を残すべきか、立ち居振る舞いはどうあるべきかなど多くのことを考えることができました。